ニッポンクラウドの現在地 第3回:今、改めて振り返る、クラウドがニッポン社会にもたらした価値

かつてAzureのエバンジェリストとして活躍し、現在はLINEでAIを駆使した新サービスの普及を担う砂金(いさご)信一郎氏へのインタビュー企画。最終回となる今回は、改めてクラウドがニッポン社会にもたらした影響や、今後のIT社会の展望について語っていただきました。(全3回)

2020.01.16 THU

ニッポンクラウドの現在地 第3回:今、改めて振り返る、クラウドがニッポン社会にもたらした価値

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●Profile
LINE株式会社
AIカンパニー LINE BRAIN室 室長
Developer Relations Team マネージャー
プラットフォームエバンジェリスト
砂金信一郎(いさご しんいちろう)氏

東工大卒業後、日本オラクル、ローランド・ベルガー、リアルコムを経て2008年に日本マイクロソフトに入社。クラウド黎明期からパブリッククラウド「Microsoft Azure」(※1)のエバンジェリスト(※2)として活躍。2016年からはLINEのスマートポータル戦略実現に向けて、AIやchatbotなど先端技術を通じたライフスタイル変革をもたらすべく活躍中。2019年4月から内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室のCIO補佐官も務める。

Twitter: @shin135

※1 日本マイクロソフトが提供しているクラウド コンピューティング プラットフォーム。
※2 語源はキリスト教における「伝道師」で、先進的な技術を社会に広める役割を担う専門家のこと。

元Azureエバンジェリストとして今、改めて思うこと


―砂金さんがLINEに入社されてから、つまり日本マイクロソフトを退社されてから約3年になるわけですが、離れた視点から、改めてクラウドの現状をご覧になって、どのように感じられますか?

砂金:今、改めて感じるのは、Azureのエバンジェリストとして、やり残したことがあるということ。クラウドを普及させることで、日本のIT業界が大きく変わるだろうと思っていたんですが、実際には、2019年の現在でも、IT業界の業界構造やビジネスモデルは何も変わってなくて、ITゼネコンと呼ばれる大手SIerや多重下請けの状況はあまり変わっていません(笑)。

―砂金さんがイメージしていた2019年のIT業界の姿とは、どのようなものだったんでしょうか?

砂金:まず、サーバメンテに関わるような仕事はほとんどなくなっていると思っていました。
サーバを構築したり、メンテナンスしたりというのは、大切な役割だけども、それはアプリケーションを稼働させる土台であって、それ自体が価値を生み出すわけではない。クラウドが普及すれば、そうした業務はビジネスとしては不要になり、新しい価値を生み出せる人たちだけが残ってIT企業がもっとスリムになり、そこから新しいものが生まれてくる、そんな未来を創りたかったんです。

―いわゆる大手SIerが果たしていた大きな役割のひとつ、ITインフラの構築というビジネスが不要になるというわけですね。

砂金:その結果、ITエンジニアが大手SIerに集中している状況も変わると思っていました。例えばアメリカなんかでは、ITエンジニアは大手SIerのようなベンダー企業よりも、ユーザー企業に在籍している比率が多いんです。日本でも、ユーザー企業が外部に委託するのでなく、優れたITエンジニアを外部から招聘して、自らの企業価値を高めるITシステムを構築していくような形に産業構造が変わっていたら、クラウドの価値はもっと発揮できたのではないかと思います。
パナソニックのような好例があるように、IT企業よりもユーザー企業のエンジニアの方が高レベルで、自分たちがエンドユーザーとの関わりのなかで培ってきた知見やノウハウを活かして、自らのサービスや商品の価値を高め、お客様や社会に新しい価値を提供する、そんな新しい産業構造が生まれるというのが理想でしたね。

―大手のSIerがスリムになる一方で、スタートアップ企業にも大きなチャンスが生まれるわけですね。

砂金:そうですね。実際、マイクロソフト時代も、大手企業よりもスタートアップ企業をサポートして、クラウドを使って大手企業には創れない価値を創っていこうよと、というのを推進していたつもりなんですが、やはり既存ビジネスとのバランスもあって、徹底はできませんでした。

日本と海外でなぜIT業界に差がついたのか?


―日本のIT業界の現状を分析するために、よく海外との比較がなされますが、砂金さんから見て、日本と海外ではどのような差がありますか?

砂金:アメリカとの比較で、日本でなぜApple、Google、Amazonが生まれないのかという批判もありますが、そもそも国力やエンジニアの教育手法の違いなどもあるので、そこまで単純には言えないと思っています。
だったら中国などアジアと比較してはどうかというと、これも日本とは大きな差ができている。現在の中国ではITエンジニアが急速に育ち、クラウドを基盤に新しい価値を次々と生み出しています。

―例えば、キャッシュレス化なんかがその典型でしょうか?

砂金:そうですね。近年の中国では、テンセントやアリババを中心に、ものすごい勢いでキャッシュレス化が進んでいて、すごく便利な新しい社会が生まれつつある。日本よりもずいぶん先を行っています。
もちろん、政府の介在の仕方とかに違いはあるので単純な比較はできないけれども、中国では次々と新しいユーザー体験が生まれているのに、なぜ日本ではそうなっていないのか? という想いはあります。
10年前を振り返ってみれば、まだ中国ではIT産業がそこまで成り立っていなかったのに、現在ではこれだけ差がついてしまっています。

―なぜ、ITによる価値創造力という分野で、そこまで中国と差ができてしまったのでしょうか?

砂金:中国に限らず、イスラエルなど中東、あるいはヨーロッパのように、クラウドによる“民主化された”開発環境を活かして、どんどん新しい価値が生まれてきている現状があります。
日本でもクラウドがブームになったときに、ITエンジニアをサーバメンテから解放して、IT業界全体で新しいものを生み出すという潮流を起こせれば、そうした価値が生まれたかも知れませんが、実際にはそこまでの地殻変動を起こすにはマグニチュードが十分ではなかった。そこが、やり残したという気持ちにつながっています。

日本のクラウド、そしてIT業界にはまだまだ伸びしろがある


―厳しいご意見をいただきましたが、日本でも、クラウドを使って新しい価値を生み出そうという動きは少なくないのでは?

砂金:実際、クラウドに出会って人生が変わったというITエンジニアは、日本でもけっこうな数がいるんじゃないかと思っています。
私の知る範囲でも、ある大手SIerでAzureを使った実証実験を担当しているうちに、クラウドのコミュニティで活躍するようになって、より自由な環境を求めて会社を飛び出したエンジニアがいます。彼はその後、規模は小さいけれども優秀なエンジニアを集めるITコンサルタント会社に移籍して、いまやCTOになっている。さらに言えば、同じくクラウドのコミュニティで知りあった女性エンジニアと幸せな家庭を築くに至っています。
もし、クラウドに出会わなければ、彼は今でも大手SIerにいただろうし、CTOになることもなかったと思います(笑)。

―まさに、クラウドと出会うことで人生が一変したわけですね。そうした人たちがこれから力を発揮していけば、砂金さんの語っていたような潮流が日本にも生まれてくるのでは?

砂金:そうですね、クラウドで大きな地殻変動は起こせなかったかもしれないけれど、クラウドで人生が変わったというITエンジニアは少なからずいますし、AIで人生を変えるエンジニアもこれからもどんどん出てくるはずです。
彼らが、クラウドによって得られた自由な開発環境を活かして、これから一斉に新しい価値を生み出していけば、日本のIT産業や社会そのものが変わる可能性もある。その意味では、まだ日本は地殻変動の途上にあるのかもしれないし、そう考えれば、まだまだ日本のIT産業には大きな伸びしろがあると言えるかもしれませんね。

―その意味では、クラウドが真価を発揮するのは、これからかもしれません。

砂金:クラウドは、サーバと同様に基盤であって、それ単体では何も生み出しませんが、その上にサービスが乗っかり、周辺にエコシステムができて、新しい価値を生み出すときに大きな威力を発揮します。
日本には“今あるものを守る”という風土があって、物事をドラスティックに変えるにはどうしても抵抗があります。日本のIT業界でも、これまではサーバをクラウドに替えることに終始していて、そこから価値を生み出そうという動きがなかなか広がっていかなかった。逆に言えば、これからもっと変わる余地がある、まだまだ伸びしろがあるとも言えるので、そこに期待したいですね。

―今回は長時間にわたり、幅広い話題で語っていただきました。単なる過去の振り返りにとどまらず、現在のIT業界に対する提言もいただけましたが、そこで働くITエンジニアたちに向けたエールのようにも感じられました。貴重なお話をありがとうございました。

砂金:こちらこそ、好き勝手言わせていただきまして恐縮です。怒られないようにうまく編集していただければ何よりです(笑)。



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