ニッポンクラウドの現在地 第1回: LINE BRAIN室長・砂金氏が語る、ニッポンクラウド黎明期

クラウド業界を代表する識者へのインタビュー企画第1弾に、かつてマイクロソフトでAzureのエバンジェリストとして活躍し、現在はLINEでAIを駆使した新サービス「LINE BRAIN」の普及を担う砂金(いさご)信一郎氏が登場。ニッポンクラウドの黎明期を振り返ってもらいました。(全3回)

2019.11.28 THU

ニッポンクラウドの現在地 第1回: LINE BRAIN室長・砂金氏が語る、ニッポンクラウド黎明期

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●Profile
LINE株式会社
AIカンパニー LINE BRAIN室 室長
Developer Relations Team マネージャー
プラットフォームエバンジェリスト
砂金信一郎(いさご しんいちろう)氏

東工大卒業後、日本オラクル、ローランド・ベルガー、リアルコムを経て2008年に日本マイクロソフトに入社。クラウド黎明期からパブリッククラウド「Microsoft Azure」(※1)のエバンジェリスト(※2)として活躍。2016年からはLINEのスマートポータル戦略実現に向けて、AIやchatbotなど先端技術を通じたライフスタイル変革をもたらすべく活躍中。2019年4月から内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室のCIO補佐官も務める。

Twitter: @shin135

※1 日本マイクロソフトが提供しているクラウド コンピューティング プラットフォーム。
※2 語源はキリスト教における「伝道師」で、先進的な技術を社会に広める役割を担う専門家のこと。

技術を究めるより、可能性を見出すことに興味があった


―砂金さんのキャリアは、IT業界では広く知られているところですが、そもそもIT関連に興味をもたれたきっかけは何だったのでしょう?

砂金:特にきっかけと言うほどのものはないんですが、もともとパソコン少年で、小・中学時代から『ベーマガ(マイコンBASICマガジン)』を読みながらプログラミングの真似事をしていたりしていました。野球少年がプロ野球選手を目指すのは少し距離がありますが、パソコン少年がITエンジニアになるというのは結構、直結していて、そのまま大人になったという感じですね。

―最初は、やはりITエンジニア志向だったわけですね。

砂金:私が進学した東工大は、言わば“マニアの巣窟”で(笑)、プログラミング技術についてディープな人が多かったわけですが、私は研究室で技術を突き詰めるよりも、むしろ“現場寄り”。基本的な知識さえ得られれば、その技術を実際の世の中でどう活用するかに意識が向いていて、実際の専攻も製造業の生産管理でした。

―そうした志向は、やはり仕事選びにも影響したんでしょうか。

砂金:それもあるでしょうが、就職先を決めた一番の理由は“先端性”でしたね。私が新卒で入社したのはオラクルで、当時、まだ知名度はまったくなくて、親には大反対されました。実は名のある大手企業からも内定をもらっていたので、「そんな聞いたこともない会社に・・・」とか言われて(笑)。
ただ、当時の砂金青年から見ると、オラクルが提唱していた“ネットワークコンピューティング”という概念が非常に新しく、魅力的に思えたんですね。

―先端技術にいち早く着目される姿勢は、その後のエバンジェリストとしての活躍ぶりを思うとうなずけるものがあります。

砂金:私の好みとして、枯れたもの、というか成熟し尽くしちゃったものには興味が持てないんです。それよりも、まだ何の役に立つか分からないけど面白そうなもの、言わば“未知の存在”の可能性を見出し、周囲の仲間を巻き込みながら、その価値を少しずつ社会に広げていくことに喜びを感じるんです。
その存在が世間に認知され、ビジネスモデルも確立されて、後は自分がやらなくてもいいか、となると面白くなくなっちゃう。私のキャリアを振り返ってみると、その繰り返しですね。

クラウドに感じた新時代の可能性


―オラクル退社後、さまざまな経験を積まれた後、いよいよ2008年12月に日本マイクロソフトへ入社され、クラウドと出会われたわけですが、当時の印象はいかがでしたか?

砂金:クラウドという概念に大きな可能性を感じていて、これはIT業界に大きな地殻変動を起こせるんじゃないか、なんてワクワクしたことを覚えています。ちょうどマイクロソフトがパブリッククラウドを発表したばかりで、当時は「Microsoft Azure」ではなく、「Windows Azure」という名前でしたが、その存在を世間に広めていくエバンジェリストという役割を担えたのは、私のキャリアの中でも貴重な経験でしたね。

―IT業界に地殻変動を起こすとは、具体的にどういうことでしょう?

砂金:もともとAzureの根本思想はPaaS(Platform as a Service)で、開発者に最適な実行環境を提供することが目的でした。
当時のマイクロソフトでは、よく「ITの現場を民主化します」と言っていましたが、これは小難しい手続きがなくとも、誰もがやりたいと思ったことをすぐに実現できる、自由な開発環境を提供することを意味していました。
かつてはサーバなどITインフラの冗長性や安定性を確保できるエンジニアがいないと、大規模なシステムは構築できませんでしたが、クラウドを活用すれば、そうした負担を要することなく、画期的で魅力的なアプリケーションを、誰でも自由に創造できると考えたんです。

―よくクラウドがもたらす価値として、コストメリットや分散性など語られますが、砂金さんが感じたクラウドの可能性は、少し違うようですね。

砂金:例えば、大手SIerが数億円かけて構築していたシステムが、クラウドを使えば数千万円でできた、これが凄いでしょうと言われても、確かにコストメリットとしては凄いんだけど、今までとできたことに変わりはない。それよりも、世の中にない新しい仕組みを生み出す方が面白いし、カッコいいじゃないですか。
クラウドの価値は、ただコストを下げたり、時間を短縮したりといった話ではなく、サーバを構築・管理して、何かトラブルがあったら駆けつけるような、言わば“縁の下の力持ち”的な仕事を自動化することにある。これが普及すれば、ITエンジニアの皆さんは、もっと面白い仕事に専念できるようになるだろうと考えていました。

クラウド普及の敵は身内にあり?


―エバンジェリストとして、そうしたクラウドの価値を社会に普及・啓発していくにあたっては、どのような苦労がありましたか?

砂金:一番は、クラウド本来の価値がなかなかユーザーに理解してもらえなかったことでしょうか。“クラウドを使うこと”と“クラウドを最適利用すること”には雲泥の差があるんですが、ユーザー側には、単に今までサーバ上でやっていたことを、そのままクラウド上に持っていけばメリットが出る、という意識しかなくて、そのあたりのギャップを埋めるのが難しかったですね。

―新しい概念だけに、使う側の理解が追いつかなかったということもあったのでしょうね。

砂金:特に初期の頃は、社内でも「これまでのようにサーバをライセンス契約で売っていれば数億円になっていたのに、クラウドにすると売上が下がるじゃないか」という意見があり、営業から怒られたことも少なくありませんでしたから(笑)。

―確かに、営業からすれば目先の数字を確保することが重要ですからね。

砂金:クラウド契約は長期的に見れば収益率の高いビジネスになるんですが、サーバから切り替えるタイミングでは、どうしても売上が下がってしまうので、社内からすれば抵抗があるのも止むを得ないところです。マイクロソフトの場合、経営陣の大英断があったのでAzure事業を推進できましたが、それがなかったら今頃、日本のクラウドはAWS※の一人勝ちで終わっていたかもしれませんね(笑)。
※AWS…アマゾン ウェブ サービス。Amazonが提供しているクラウドプラットフォーム。

―画期的な新事業は、既存事業を一気に衰退させる危険性もはらんでいるわけですね。

砂金:その点、AWSを提供するAmazonはもともと小売業であってIT屋ではない。Googleもそう。彼らはIT業界をぶっ壊しても何の影響もありませんが、マイクロソフトやIBMの場合、すでに多くのパートナーがいて、クラウドができたからといって、そうした中間業者をすべて切るわけにはいかない。既存事業のバランスを取りながらクラウドを普及させていくという難しさはありましたね。

エバンジェリストの使命はファンづくり


―そんな難しさがあったなか、砂金さんはどのようにAzureを浸透させていったのでしょう?

砂金:当時のAzureにとって一番、怖かったのは、AWSなど競合と比較されることではなく、無視されること。とにかく存在を知ってもらい、興味を持ってもらわないといけない。
エバンジェリストの仕事は一人でも多くのファンをつくることでしたが、それは必ずしもAzureファンでなくてもよく、マイクロソフトのファンでも、砂金個人のファンでも何でもよくて、とにかくユーザーとのコミュニティを築いていきたかった。そのきっかけづくりとして「クラウディアさん」のような2次元キャラを使ったマーケティングも有効でした。

―2次元キャラを使ったマーケティングは、日本ならではと言えるかもしれませんね。

砂金:よく外資系のマーケティングで失敗しがちなのが、抽象度の高いクリアなメッセージを届けようとして、日本では誰にも刺さらずに「何じゃそら」と言われてしまう(笑)。
日本の、特に私も含めたある世代のITエンジニアは共通の文化的な土壌があって、『ガンダム』『エヴァンゲリオン』『攻殻機動隊』など、近未来を描いたSFアニメを話題にすれば、新しい概念や価値観もすんなりと理解してもらえるんです。

―なるほど。ITエンジニアの共通文化を活かすのが、効率的なコミュニケーションになるわけですね。

砂金:はい。例えば、クラウドが登場してITの開発環境が変わり始めている現状を伝えるには、ガンダムのモビルスーツ開発史を例に、「ザクからグフと来て、今、まさにドムやギャン、ゲルググへと発展しつつある」などと説明するんですね。そうすると、クラウドがよく分かっていないエンジニアにも、技術の大きな転換点を迎えていることが伝わって、「自分も乗り遅れまい」という気になってくれる(笑)。
そうやってAzureをはじめとしたクラウドに興味を持ってもらい、実際に活用してもらう人を増やし、有効な活用事例を地道に積み重ねていくことで、少しずつ普及させていったという形ですね。



……『ニッポンクラウドの現在地 第2回:クラウドを普及させる立場から、クラウドを使いこなす立場へ』第2回へ続く

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