ニッポンクラウドの現在地 第2回:クラウドを普及させる立場から、クラウドを使いこなす立場へ

かつてAzureのエバンジェリストとして活躍し、現在はLINEでAIを駆使した新サービスの普及を担う砂金(いさご)信一郎氏へのインタビュー企画の第2回をお送りします。今回はマイクロソフトからLINEへの“移籍”の経緯や、現在の活躍ぶりについて伺っていきます。(全3回)

2019.12.12 THU

ニッポンクラウドの現在地 第2回:クラウドを普及させる立場から、クラウドを使いこなす立場へ

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●Profile
LINE株式会社
AIカンパニー LINE BRAIN室 室長
Developer Relations Team マネージャー
プラットフォームエバンジェリスト
砂金信一郎(いさご しんいちろう)氏

東工大卒業後、日本オラクル、ローランド・ベルガー、リアルコムを経て2008年に日本マイクロソフトに入社。クラウド黎明期からパブリッククラウド「Microsoft Azure」(※1)のエバンジェリスト(※2)として活躍。2016年からはLINEのスマートポータル戦略実現に向けて、AIやchatbotなど先端技術を通じたライフスタイル変革をもたらすべく活躍中。2019年4月から内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室のCIO補佐官も務める。

Twitter: @shin135

※1 日本マイクロソフトが提供しているクラウド コンピューティング プラットフォーム。
※2 語源はキリスト教における「伝道師」で、先進的な技術を社会に広める役割を担う専門家のこと。

クラウドでの役割は終わったと感じた理由


―砂金さんは、2016年に日本マイクロソフトを退社されるわけですが、その理由は、先に「成熟し尽くしたものは興味がない」と仰っていたように、クラウド市場がある程度、成熟したとの感触があったからでしょうか?

砂金:確かに、私がマイクロソフトに在籍していた8年間で、Azureをはじめとしたクラウドの存在がIT業界に広く認知されて、成熟し尽くしたとは言わないまでも、まずまず浸透していったことも理由のひとつです。
それ以上に、マイクロソフトの社内外でAzureのエコシステムが育って、私がエバンジェリストとして動かなくても、実際にAzureを活用しているITエンジニアの皆さんが、その魅力を広く発信してくれる環境ができてきたというのもありましたね。

―マイクロソフトはエコシステムづくりに定評がありますが、それがクラウド分野でも発揮されたというわけですね。

砂金:マイクロソフトは、社内外の優秀なエンジニアを表彰する「MVPアワード」をはじめ、自社サービスのユーザーをうまく巻き込んで、いわゆるインフルエンサーの役割を自主的に担ってもらうのが得意なんです。
私自身、Azureユーザーのコミュニティとして「JAZUG(Japan Azure User Group)」を立ち上げるなど、エコシステムの構築を担ってきましたし、キャリアの後半には人材採用にも携わり、外部の優秀なエンジニアに「一緒に面白い仕事をやろうと」とささやいて一本釣りして、社内でクラウドソリューションアーキテクトとして活躍してもらったりもしたので、その意味では、ずいぶんマイクロソフトに貢献したと思っています(笑)。

―そうしたエコシステムができてしまえば、エバンジェリストの存在意義が薄くなってしまうと?

砂金:そうですね。彼らのようなクラウド第一世代のエンジニアたちは、未知なるものにいち早く取り組んだ、いわば新しいヒーローです。彼らがいろんなセッションでAzureを使った成功体験を語ることで、クラウドの魅力や、クラウドをどう使いこなせば新たな価値を生み出せるかが、次の世代にも広がっていきました。
そうすると、私はすることがなくなってしまって(笑)。実際、マイクロソフトのキャリア終盤は、Azureエバンジェリストチームにいながら、社内の新しいプロジェクトにあちこち首を突っ込んでいるような状況でした。

転職のきっかけはAI女子高生との出会い


―日本マイクロソフトでの終盤はクラウド領域で、ある程度の役割を果たしたので、次なる活躍のフィールドを探していた時期と言えるでしょうか?

砂金:そうですね。必ずしもマイクロソフトを離れようと思っていたわけではありませんが、結果的に退社のきっかけのひとつになったのが、AI女子高生chatbot「りんな」との出会いでした。
もともとは、北京にあるマイクロソフトリサーチの研究チームが「りんな」のお姉さんに当たる中国語のchatbotを開発していて、これをグローバル化したいという声が上がったものの、アメリカのマイクロソフト本社ではいろいろと難しくて実現しなかったんです。「日本ならそういう変わったことをやりがたる奴がいる」ということで、私のところに話が回ってきて「これは面白い!」と深入りしていきました。

―「りんな」はマイクロソフトとLINEのコラボレーションですが、そこから砂金さんとLINEとの接点も生まれたわけですね。

砂金:「りんな」は女子高生と雑談できるchatbotという斬新さで話題を集めましたが、会話がかみ合うようにするためには、AIが学習し続けられるよう、日本語の会話データを大量に、しかも継続的に提供する必要がありました。そこでLINEに声をかけて、提携することになったんです。
当時はすでに色んなSNSが普及していましたが、その中からLINEを選んだのは、BtoC企業として、ユーザーとの心理的な距離感が非常に近かったから。LINEという身近なサービスを通じて「りんな」と会話できるとなると、ユーザーが面白がって参加してくれる。マイクロソフトのようなBtoBを主体とした企業にはなかなかできないことでしたね。

―「りんな」との出会いが、どのようにLINEへの転職につながったのでしょうか?

砂金:「りんな」に携わって、AIを賢く育てるには、開発インフラがどうだとか、アルゴリズムをどうするかよりも、AIが継続的に学習するために必要な大量のデータを、いかに集めるかが重要だということに気づかされました。
これからAIで新しい潮流を生み出していくなら、クラウドという土俵で勝負するよりも、データを持っている企業、つまり実際に多くのユーザーとの接点を持っている企業の方が強いんじゃないかと感じたのが、LINEに入社したきっかけと言えますね。

AIの生む価値を人々の日常に溶け込ませていく


―砂金さんがLINEを選んだ理由はわかりましたが、LINEの方にも砂金さんのような人材を求める理由があったわけですよね?

砂金:そうですね。LINEという会社は、もともと外部にあまり情報を発信していなくて、正体の見えない“謎の集団”みたいな存在でしたが(笑)、ちょうど「りんな」をやり始めた頃から、LINEビジネスコネクトとして企業向けに公開したり、その後Messaging APIを一般公開したりと、外部パートナーとのコミュニケーションを取り始めていたんですね。そんなタイミングもあって、LINEの創造する新しいサービスを広げる役割として、私のような人間を必要としてくれたのではないかな、と思っています。

―現在、砂金さんはLINEでAIカンパニー・LINE BRAIN室のプラットフォームエバンジェリストを務めているわけですが、これはどのような役割でしょうか?

砂金:「LINE BRAIN」とはchatbotやOCR、音声認識、画像認識など、企業がAI技術を簡単に利用できるサービスの総称です。LINEでは、多くの企業に「LINE BRAIN」を活用いただくことで、業務の効率や、提供するサービスの質を高め、ひいてはそのサービスを利用する人々の生活を便利で豊かなものにしていきたいと考えています。そうしたビジョンの実現に向けて、より多くの企業に「LINE BRAIN」を普及させ、一緒に新しい価値を生み出していくのが、エバンジェリストとしての私の役割というか、使命ですね。

―LINEはすでに多くの人々に親しまれていますが、AIの活用によってその価値がより高まり、広がっていくというわけですね。

砂金:実際、LINEというコミュニケーションサービスは、多くの人の人生を変えてきたと思います。LINEがないと出会えなかった人も多いと思いますし、人間関係を大きく変えたでしょう。これから多くの企業に「LINE BRAIN」を活用いただくことで、より多くの人々に影響を与えると思います。
例えばAIの音声認識を使って、身の回りの機器を声で操作するといったような、まるでSFマンガのような一コマが日常的になりつつあります。だからといって、「AIはすごいだろう」と見せつけるような商売はしたくない。皆さんが日常生活でさまざまなサービスを利用し、それで生活が便利になったと感じてもらえるような体験を提供して、その裏には実はAIがあるんだよ、という、言わばAIの生む価値が人々の日常に溶け込んでいくようなあり方が理想ですね。

AIにはITエンジニアの人生を変える可能性がある。


―砂金さんが新たなフィールドとしてAIという先端領域を選んだのは、かつてクラウドに感じたのと同様に、時代を変える可能性のようなものを感じたのでしょうか?

砂金:そうですね。ビジネスの視点から見たAI、つまりユーザーから見たAIには、効率化できる、便利になるといったメリットが大きいでしょうが、私がより興味を持っているのは、ITエンジニアから見たAIのメリットです。
それは、エンジニアが「自分の力で世の中を変えられるんじゃないか」という実感を持つこと。そうした想いが多くのエンジニアに広がることで、新しい価値が続々と生まれてくるのではないかと期待しています。

―AIには、ITエンジニアの開発意欲、創造意欲をかき立てる大きな刺激になるということですね。

砂金:今までは、お客さんに言われたことを実現するための提案を持っていくのが仕事だったけれども、これからは、自分が独自に発想した技術で世の中を変えていこうとするようになる。
なぜそうなるかというと、インフラとしてのクラウドが普及したことに加え、Python(パイソン)のようなAI向きの言語も広く普及してきたことで、これまで30人/月かかったものが、エンジニア1人が2日もかければできる。そんなドラスティックな開発環境の変化が生じているんです。

―砂金さんたちがクラウドを普及させてきたという土台の上に、AIという先端のテクノロジーが乗っかることで、エンジニアにとっての意識改革の場が生まれたというわけですね。

砂金:実際、googleが買収したKaggle(カグル)のようなAIのコンペティションも活発化し、LINEでも、Messaging APIを使ったchatbotの開発コンペティション「LINE BOOT AWARDS」やAIによる最適化技術を競う「LINE AI Rush」を開催しています。
こうした場を設けてエンジニアを触発していけば、「AIを扱えば、自分一人でも世の中を変えられるんだ」という実感が広がっていくでしょう。5年後、10年後に出会ったエンジニアから「AIに出会ったおかげで人生が変わりました」と言ってもらえる、そんな仕事をしていきたいと思っています。



……『ニッポンクラウドの現在地 第3回:今、改めて振り返る、クラウドがニッポン社会にもたらした価値』第3回へ続く

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