中国IT界の巨人が日本にもたらすもの 第3回:テンセントが日本市場に本格進出する狙いとは?

中国IT界を代表する巨人、テンセント(Tencent:腾讯)の日本法人で活躍される、裘彬濱(キュウ ヒンビン)氏へのインタビュー企画。最終回となる今回は、日本市場への本格展開を図るテンセントの狙いや戦略とともに、日本のIT業界に向けたメッセージを語っていただきました。

2020.03.05 THU

中国IT界の巨人が日本にもたらすもの 第3回:テンセントが日本市場に本格進出する狙いとは?

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●Profile
Tencent Japan
Cloud and Smart Industries Group
Senior Solution Architect(シニアソリューションアーキテクト)
裘彬濱(キュウ ヒンビン)

1988年、中国浙江省出身。大学進学時に日本留学を志し、名古屋の南山大学に入学。ソフトウェア工学科を卒業後、日本で大手通信系企業に入社し、クラウドの導入・構築などを経験。その後、中国系のIT企業数社で活躍した後、Tencent Japanに入社し、現職。

テンセントが日本への本格進出を宣言!その狙いは?


―テンセントは先頃、グローバル進出の一環として、クラウドサービス「Tencent Cloud」を日本でも本格的に展開すると発表しましたが、その狙いはどこにあるのでしょうか?

裘:インタビュー記事の初回でもお伝えしたように、「Tencent Cloud」は、もともとテンセントが「QQ」や「WeChat」をはじめ、自社サービスを展開するためのインフラとして活用していたクラウド環境を、他社にも提供しようというものです。2019年度には「Tencent Cloud」の売上を5倍に拡大する計画を掲げていますが、その目標を達成するには、中国内だけでなくグローバル市場での展開が不可欠であり、日本もその重要な市場だと考えています。

―テンセントが日本市場を重視するのは、どのような魅力を感じているからでしょう?

裘:テンセントが日本をグローバル戦略上の重要市場と位置付けている理由は、1つではありません。距離的にも近いですし、同じ漢字文化のため、中国人の海外旅行先として人気が高いことも挙げられます。クラウドビジネスに限って言えば、やはりマーケットとして大きな魅力を感じています。日本のクラウド黎明期は2010年頃とされていますが、現在ではクラウドのメリットが広く普及し、多くの企業がその利用に積極的になっています。

―それだけ大きなビジネスチャンスがあるということですね。

裘:それだけではありません。テンセントは日本を売上拡大のための有力なマーケットとしてだけでなく、「Tencent Cloud」をはじめとしたサービスに磨きをかけるための場でもあると考えています。

―なるほど、要求の厳しい日本のユーザーに納得してもらうことができれば・・・

裘:(さえぎって)いやいや、細部にまでこだわる日本のユーザーから(笑)、多くのことを学べると期待しています。
日本企業が提供する製品やサービスの品質は、世界的に見ても非常に高いものがあり、このため自身が購入する製品や利用するサービスへの要求レベルも、自然と高くなります。そんな日本のユーザーの高度な要求に応えていくことで、「Tencent Cloud」のサービス品質や競争力を高めてくれる “気づき”を与えてくれると期待しています。


本格上陸を果たす「Tencent Cloud」の魅力とは?


―日本への本格進出の意図は分かりますが、市場として魅力があるということは、それだけ競争も激しいわけですが、その中で勝ち抜くための戦略はあるのでしょうか?

裘:日本にクラウド環境をもたらしたマイクロソフトの「Azure」やAmazonの「AWS」といった海外大手の存在感は依然として大きなものがありますし、加えて日本国産のクラウドサービスも多々あり、競争は厳しいということは十分に認識しています。それでも、「Tencent Cloud」の魅力をしっかりと伝えていけば、日本企業にとっての選択肢になり得ると考えています。

―「Tencent Cloud」には、他社のクラウドサービスにはない魅力があるということでしょうか?

裘:一口にクラウドと言ってもさまざまなレイヤーがあります。ベースとなるIaaSについては、各社とも基本は同じで、差が出るとすれば規模やコストだけでしょう。それがPaaSやSaaSになると、各社それぞれの特徴が出てきます。「Tencent Cloud」は強みを発揮できるのも、やはりこの部分です。テンセントはもともと「QQ」「WeChat」などソーシャル系サービスが主体で、なかでもゲーム分野では豊富なノウハウを蓄積してきました。このため「Tencent Cloud」にはゲーム運用に適したさまざまな機能が備わっていて、日本のゲーム会社にとっては大きな魅力になると考えています。

―具体的には、どのような機能があるのでしょう?

裘:例えば、ゲームと音声によるコミュニケーションを同時に楽しめる環境を提供する「GME(Game Multimedia Engine)」があります。多人数が同時参加するオンラインゲームでは、プレイヤー同士がゲームをしながら会話を楽しめるのが大きな魅力ですが、従来の環境では、ゲームとは別に「Skype(スカイプ)」など音声通話用のメディアを利用する必要があり、ユーザーにとってもサーバにとっても負担となっていました。その点、GMEであれば、単独のアプリケーションでゲームと会話を同時に楽しむことができます。

―ゲームを提供する側の負担を下げると同時に、ユーザーが楽しむためのハードルも低くなるというわけですね。

裘:また、オンラインゲームの課題であるレイテンシー(遅延)を生じさせないための、「GAAP(Global Application Acceleration Platform)」という機能もあります。例えば、中国のベンダーから提供されるオンラインゲームをアメリカなど遠隔地のユーザーが楽しもうとすると、どうしてもレイテンシーが生じやすくなります。そこで、GAAPを活用すれば、ユーザーは米国内のクラウドサーバを経由し、高速の内部チャネルを介して中国ベンダーのサーバにアクセスすることで、快適にゲームを楽しむことができます。

テンセントと日本の産業界によるWin-Winの関係づくり


―「Tencent Cloud」が日本のゲーム業界にとって、大きな魅力があることが分かりましたが、日本のゲーム業界の可能性をどう捉えているのでしょうか?

裘:日本市場において、ゲームはアニメやコミックとともに大きなコンテンツ市場を形成していて、ゲーム人口が多い上に課金率も高い、テンセントにとって非常に魅力的なマーケットです。とはいえ、日本でゲームを楽しんでいるのは若者が中心ですし、少子高齢化の進展で若者人口が減少するなか、ゲーム業界の将来性が不安視されているのも承知しています。そうした日本のゲーム業界が抱える課題を一緒に解決することも、テンセントの戦略のひとつです。

―テンセントは「Tencent Cloud」だけでなく、日本のゲーム業界が抱える課題のソリューションも提供するということでしょうか?

裘:その通りです。国内市場が縮小して母集団が減少する一方で、開発費は高騰するなど、日本のゲームメーカーを取り巻く環境は今後もさらに厳しくなるでしょう。そうした環境下で生き残りを賭けて狙うのは、やはり海外市場になるでしょう。日本のゲームコンテンツは、中国はもちろん、世界的にも評価が高く、海外でも大きなビジネスとなり得ると考えています。
ただし、そのためには日本のゲームをそのまま持ち込むのでなく、文化的背景を踏まえてローカライズする必要があります。テンセントはそうしたノウハウを豊富に有しており、日本のゲームメーカーの海外進出を強力にサポートできるでしょう。そして、日本のゲームメーカーとともに世界各地でビジネスを展開することが、テンセントにとっても新たなビジネスのチャンスにつながると考えています。

―テンセントが日本企業の海外進出をサポートすることが、テンセントにとってもメリットになる。そんなWin-Winな関係を築いていこうというわけですね。

裘:ゲームに限らず、日本のアニメやコミックなどのキャラクター文化は、海外で非常に高い人気を博しています。私自身、ある日本のアニメのゲームが大好きで、それが日本に留学した理由のひとつでもあります。
テンセントでは、自らゲーム開発やアニメ製作、日本のコミックの翻訳出版を手掛けていて、先日も任天堂と提携して「Nintendo Switch」を上海で販売していくことを発表したように、日本のキャラクター文化を活かしたIP(Intellectual Property:知的財産)ビジネスに大きな可能性を感じています。日本でのビジネスを本格化させることで、日本のコンテンツ企業との幅広いコラボレーションが進展することを期待しています。

テンセントから日本のITエンジニアへのメッセージ


―最後に、NetLand MAGAZINEの読者に向けたメッセージをお願いします。

裘:私たちTencent Japanが日本市場でのビジネスを本格化させるのは、「Tencent Cloud」の拡販だけが目的ではありません。「Tencent Cloud」を窓口にして、テンセントが持つ多様なノウハウや技術、サービスを、日本の皆さんに提供していきたいと考えています。
テンセントがこれまで中国市場で培ってきた幅広い技術やサービスは、ゲーム業界はもちろん、幅広い産業分野にメリットを提供できるはずです。「Tencent Cloud」の魅力はもちろん、「QQ」「WeChat」なども含めた、テンセントという企業グループの全体像をご理解いただき、その中から、各社それぞれの事業・技術とのコラボレーションの可能性を見出していただければと思います。

―今回の記事が、テンセントと日本企業のWin-Winの関係づくりに役立てば何よりです。

裘:貴重な機会を与えていただきありがとうございました。この記事を見て、テンセントに興味を持っていただく方が少しでも増え、提携の呼びかけにつながれば、非常にありがたいと思っていますので、よろしくお願いします。

―こちらこそ、長時間にわたって貴重な話をお聞かせいただき、ありがとうございました!

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