中国IT界の巨人が日本にもたらすもの  第1回:中国を代表するIT企業、テンセントとはどんな企業か?

IT業界を代表する有識者に、それぞれの専門やキャリアを踏まえた独自の切り口で語っていただくインタビュー企画の第2弾。今回は中国IT界を代表する巨人、テンセント(Tencent:腾讯)の日本法人から、裘彬濱(キュウヒンビン)氏に登場いただきました。(全3回)

2020.02.06 THU

中国IT界の巨人が日本にもたらすもの  第1回:中国を代表するIT企業、テンセントとはどんな企業か?

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●Profile
Tencent Japan
Cloud and Smart Industries Group
Senior Solution Architect(シニアソリューションアーキテクト)
裘彬濱(キュウ ヒンビン)

1988年、中国浙江省出身。大学進学時に日本留学を志し、名古屋の南山大学に入学。ソフトウェア工学科を卒業後、日本で大手通信系企業に入社し、クラウドの導入・構築などを経験。その後、中国系のIT企業数社で活躍した後、Tencent Japanに入社し、現職。

テンセントの歩みはソーシャルメディアから


―今や時価総額がアジア最大となるなど、中国IT業界の巨人として圧倒的な存在感を放っているテンセントですが、日本にはその実態がなかなか届いていません。まずはテンセントの全体像について教えていただけますか?

:では、テンセントの歩みから紹介していきましょう。テンセントの創業は1998年。昨年、20周年を迎えたばかりです。グループ全体で約4万人を数える社員の平均年齢も約30歳なので、その意味でも“若い会社”と言えるでしょう。

―約4万人の社員がいて、平均年齢が30歳と言うのは驚きですね。

:私は31歳で中途入社しましたので、平均年齢を上げてしまいました(笑)。
テンセント創業者の馬化騰(マー・ファテン)、私たちは英語名の「ポニー・マー」から「ポニーさん」と呼んでいますが、彼は海南省の出身で、現在48歳です。13才からは広東省深圳で暮らし、その地の大学で情報技術を学びました。卒業後、同地のIT企業に就職してソフトウェア開発などで活躍しましたが、入社5年目の1998年に独立してテンセントを創業しました。彼が27才の時です。

―創業者が20代で起業されたことからも、“若さ”がテンセントを象徴するキーワードだということが分かります。創業当時のテンセントは、どんなビジネスを展開していたのでしょうか?

:現在も主力事業の1つであるインスタントメッセンジャー「QQ」で、当初は「OICQ(Open ICQ)」という名称でした。
テンセントが創業した1990年代後半は、中国におけるインターネット黎明期で、新しい技術への好奇心豊かな若者たちがインターネットに夢中になっていました。
ポニーさんは、そんな時代に育った、いわゆる第一世代にあたるITエンジニアの一人。アメリカのBBS(電子掲示板)サイトで同世代の仲間たちと盛んにコミュニケーションを取り、サイトの管理人も務めるなかで、そこで知り合った仲間たちの力も借りながら「QQ」を開発し、起業を果たしました。 このように、いち早くインターネットの可能性に気づいた若者たちが集まって、中国のIT産業を発展させていったのです。

圧倒的なユーザー数を核に、拡大を続けるテンセントの事業


―インスタントメッセンジャー「QQ」でスタートしたテンセントの事業は、どのように拡大していったのでしょうか?

:「QQ」はPC向けのインスタントメッセンジャーとして広く普及しましたが、ユーザー数の拡大に伴い、ただメッセージをやり取りするだけでなく、ユーザーが仮想的なアバターを作って着せ替えなどを楽しめる「QQ秀」、仮想のプライベート空間を創造できる「QQ空間」などを展開。さらにはゲームや音楽の配信へと事業領域を拡大させていきました。
このように、ユーザー規模を活かして領域を拡大させることで、「QQ」はインスタントメッセンジャーという“サービス”から、幅広いコンテンツを提供する“プラットフォーム”へと進化していったのです。

―なるほど。ユーザー規模の大きさが、新たなサービスを展開する上でのステップボードとなったわけですね。

:その通りです。また、PC向けの「QQ」で領域を拡大させる一方で、スマートフォンの普及に合わせて、スマホ向けのインスタントメッセンジャー「WeChat(微信)」も2011年にリリース。こちらも「QQ」と同様、ユーザー数の拡大に伴ってサービス領域を拡大させていきました。
現在では「QQ」と「WeChat」は住み分けができていて、PC向けの「QQ」は若者がメインで、ゲームや音楽など、彼らの求めるエンタメ系のコンテンツを充実させていく戦略です。一方、スマホ向けの「WeChat」は老若男女がターゲットで、QRコード決済機能「WeChatPay」のような、モバイル機器ならではの日常的に使われるサービスを充実させていきます。

―「WeChatPay」は近年、日本でも普及が加速していて、そのため「テンセント=Fintech企業」と思っている人も少なくないほどです。

:決済サービスでは高い信頼性が求められるため、セキュリティ技術の開発にも注力する必要がありました。このように“機能の拡大”と、そのために必要な“技術力の強化”がサイクルになっていて、そのサイクルを加速させることで、テンセントは急速な成長を果たしてきたのです

テンセント成長の原動力は“ペインポイント”の見極め


―テンセントが急成長を果たせた理由の一端が窺えましたが、それ以外には、どのような要因があったとお考えですか?

:先ほど話したような、創業者を取り巻く時代的な背景に加え、地理的な背景もあったと思います。
ポニーさんが育った広東省深圳は、中国における経済特区で、いまやITをはじめとした先端産業が集結して「中国のシリコンバレー」とも呼ばれています。もともと経済活動が盛んな土地柄でもあり、この地で育ったということがテンセントの創業・発展に大きく寄与したと言えるでしょう。加えて、ポニーさんをはじめ、テンセントの創業メンバーが、いずれもユーザーの“ペインポイント”に敏感だったという点も挙げられるでしょう。

―ペインポイントとは、マーケティング用語で言う、顧客にとっての“悩みのタネ”ですね。顧客の悩みを的確に把握し、その解決策を提案することで、成長してきたということでしょうか?

:じつは、「QQ」をリリースした当時、ポニーさんと同じく中国の第一世代のITエンジニアの手で、同様のサービスが次々と登場していました。その中で「QQ」が支持されたのは、ユーザーのペインポイントをつかみ、他のサービスに先駆けて、それらを解決する機能を搭載してきたからです。例えば、当時のインスタントメッセンジャーは、データがクライアント側にしか残らないのが一般的でしたが、「QQ」はサーバにもデータを保存・管理することで、さらなる活用を可能にしていました。
また、「QQ」がPCで高い普及率を誇っているにもかかわらず、そこに安住することなく、スマホが普及すると見るや、いち早く「WeChat」を開発しました。これも、「同じ機能をスマホでも使いたい」というユーザーの要望を捉えたからです。

―なるほど、そうしたテンセントの姿勢がユーザーとの信頼関係を育み、ユーザー数のさらなる拡大につながっていったのですね。

:ユーザーが困っているのは何か、それを知り、その悩みを解決することでビジネスチャンスを生み出すというのが、テンセントの強み。そうしたスキルを持った人々が、インターネットやスマホの普及といった時流を捉えてチャンスをつかみ、ビジネスを拡大していったのです。

テンセント20年目の新体制が目指すもの


―テンセントは、創業20周年を迎えた2018年9月に大規模な企業再編を実施されましたが、まずはその内容を簡単に説明いただけますか?

:新体制では、テンセントの多様な事業を6つのグループ(事業群)に整理・集約しました。
まず、主力となるビジネスを「WeChat」を軸とした「WeChat事業群(WXG)」、「QQ」を軸とした「プラットフォーム・コンテンツ事業群(PCG)」、ゲームや動画など「インタラクティブ・エンターテインメント事業群(IEG)」、広告や投資など「コーポレートディベロップメント事業群(CDG)」という4つのグループに整理。
さらに、各種サービスを提供する基盤を担う「クラウド・スマートインダストリー事業群(CSIG)」と、新技術の研究開発を担う「テクノロジー・エンジニアリング事業群(TEG)」という構成です。なお、TEGでは既存ビジネスに関わる技術だけでなく、AIやビッグデータ活用、ロボティクスなど、新たな可能性も追求しています。

―今回、新体制を構築された狙いはどこにあるのでしょうか?

:今回のグループ再編は、テンセントが創業からの20年間で培ったノウハウを活かしつつ、これからの20年に向けて、さらなる発展を目指すためのもの。具体的には、テンセントが事業の軸足を、従来のBtoCビジネスから、BtoBビジネスに踏み出すという決意の表れでもあります。実際、2010年にはグループ再編に先立ち、これまでBtoCビジネスで培った技術やノウハウを、今後はBtoBビジネスとして他の企業にも公開することで、エコシステムを形成していくという方針を、マスコミを通じて広く発信しました。

―先頃、「Tencent Cloud」を軸とした日本市場への本格進出を発表したのも、その一貫でしょうか?

:その通りです。先述した6つの事業群のうち、テンセントのBtoBビジネスの窓口となるのがCSIGです。これまで社内インフラとして活用してきたクラウド環境を、その活用ノウハウも含めて他社にも提供することで、自らの業績拡大だけでなく他社の成長も促します。同時に、他社からの刺激を得てテンセントも成長するという、まさにWin-Winの関係づくりを目指しています。

……『中国IT界の巨人が日本にもたらすもの 第2回:中国と日本のIT業界に、なぜこれだけ差がついたのか?』第2回へ続く

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